量か質かなんて言う人は美術展にいくべきだ

3連休の初日、東京都美術館で開催されているムンク展に行ってきた。美術の教科書でしか見たことがないムンクの”叫び”が公開される展示会だ。

行けるなら平日の方がよい

休日ということもあり、入場まで30分待ちだった。また、入場後の館内もものすごく混雑していた。全てをまともに鑑賞していたら4時間以上かかりそうだった。メインとなる”叫び”に至っては、最前列で鑑賞しようとしたら、移動しながら鑑賞しなければならなかった。なお、最前列でなければ、移動する必要はない。通常、美術展では後半になるほど人はまばらになっていくのだが、ムンク展では最初から最後まで混雑していた。平日に行けるなら平日の方がよいだろう。

全部が全力の作品群

ムンクの叫びは、非常に有名だ。僕のスマートフォン(iPhone6Plus)でも、”ムンク”と入力すれば、叫びを彷彿させるアイコンが表示される。ただ、展示されている101点のムンク作品の中で、群を抜いて凄い作品だったかというとそうでもないと思った。なぜなら、ほぼ全てが名作だったからだ。叫びという名作は、叫び以外の名作によってその名を得たとも言える。たとえ、ムンクから叫びが生み出されなかったとしても、他の作品が叫びと同様の名作扱いを受けた可能性は高い。また、ムンクが叫びだけを生み出した場合、これほど有名になることはなかっただろう。

量か質かなんて一流の頭にはない

現代の著作物の製作においてよく取り扱われる問題として、量か質か問題がある。とくにブログに対してそのような争いを見聞きすることが多いように思う。ブログは毎日更新すべきか、頻度を落としてでも質を高めるべきかというものだ。正直、僕はいずれも極論すぎてあまり好きではないのだが、ムンク展を見てなぜそう感じているのか少しわかった。量か質かといったことに囚われているうちは、その人はブログを書かない理由を探しており、ブログに全力になれてないからだ。全力で取り組めないならばブログなんか書かないほうがいい。それよりも仕事で残業代がでるならば、残業したり、家族サービスしたり、したほうがいいかもしれない。僕はこれらの圧倒的な作品群を見て感じた。ムンクはこれだけの作品を一年に3つ作ろうとか、毎日描こうとか、点数は少なくても良いものを描こうとか、そんなこと考えながら描いてないはずだ。ただ、毎日全力で描いたのだ。その結果、これだけの作品を生み出すことができ、かつ一流の画家として認められたのだろう。ムンクが絵画の量や質に囚われていては、疲れて絵を描けなくなっていたと思う。多くのブロガーがそうであるように。

美術展はお勧め

ブログでもなんでも、なんらかの創作に関わる方は美術展に行くのをお勧めします。一人の画家がなぜこれほどまで有名になったのか、画家は何を考えて絵を描いたのか、画家は作品群を通じて教えてくれます。そして、それによって日常の問題がいかにくだらないことに囚われた結果であるのか気がつくことができるからです。

長時間労働の弊害

 

ここ2~3か月、残業時間が長くなりすぎて、私生活に影響が出てきました。それによる弊害を記録しておきます。

弊害は家族に出る

残業時間が長くなると、帰宅時間が遅くなります。一人暮らしの時は自分にしか影響が出ないのですが、家族がいると家族にも影響が出ます。それは良い影響ではありません。これは、あまり問題視されていないように感じますが、長時間残業者本人以上に悪い影響を与えていると思います。

子供への影響

例えば、子供の成長の機会が減ります。子供は食事を与えていれば死にはしないでしょうが、成長という意味では食事だけでは不十分です。親から与えられる様々な知識・経験が必要です。子供は親から様々な経験、知識を吸収します。可能であれば片方の親だけでなく、両方の親から与えられることが望ましいでしょう。なぜなら、母親と父親とは生きてきた時間、場所等が全く異なるからです。このため、母親から吸収できない経験、知識を父親から吸収することができます。しかし、どちらかの親の帰宅時間が慢性的に遅くなると、子供は親と接する時間をなくし、知識・経験を吸収する機会を失います。少なくとも僕は、これは長期的にみれば子供にとって大きな損失だと思います。

嫁への影響

嫁は、子供の世話をしながら、夫の帰宅を待ちます。小さい子供の世話の1つに寝かしつけがあります。寝かしつけというのは本当に大変な仕事です。なぜなら、「子と一緒に寝てしまう」危険を伴うからです。これは命の危険はありませんが、作業者にとって大きなリスクがあります。一度寝てしまうと、パートナーが帰宅するまで起きることができないからです。これによって、子供を寝かしつけた後にやろうとしていた様々な作業をすることができなくなります。僕は、最近の帰宅時間が12時や1時となることが結構あります。このような時間になって、子と一緒に寝た嫁を起こした場合、嫁は何もすることができません。2度寝です。そのまま放置しておくという手もあるのですが、寝ようという気になって寝るのと、寝落ちするのと、では、起きた後のすっきり感が全然違うようです。なので、毎回起こしています。嫁は、起きた後に、僕の会社と僕に悪態を付きながら、少し時間をおいて再び寝ます。これが繰り返されると、嫁は本当に何もできません。長時間残業は、当事者だけではなく家族全体の生産性を著しく下げることに繋がります。

解決策

じつは会社自体も、僕自身の労働時間を問題とみなし、削減に取り組んでくれています。その傾向はいいんですが、会社そのものが長時間残業になりやすい体制になっており、抜本的な解決にはならないと見ています。すなわち、今回の長時間労働が改善されても、また近いうちに長時間労働は繰り返されるだろうと考えています。僕は、今の仕事が嫌いとかそういうわけではないので、(キツイですが)長時間労働には耐えられるだろうと思っています(短いほうが良いという点に異論はありません)。それよりも僕は、帰宅時間が遅くなることによる家族への影響の方が深刻だと考えており、こっちが原因で仕事が嫌になりそうだと考えています。そういう点では、働く場所を選ばないようにするというのは帰宅時間を早める鍵になるのかなと思っています。会社でやってる作業を別の場所でできないか、常に考えながら仕事をし、自分の働く環境を整えて行く。今年はそういう1年にしたいと考えています。それでもダメそうなら転職を考えるしかありません。
ちなみに、会社の体制の改善という手段もあるのですが、それは、会社を横串で革新していく専門の組織が必要になるでしょう。
組織毎の個別最適化がかなり進んでおり、全体最適化を目指して他の組織に対して働きかけをすることが困難になっています。
僕は、そういう全体最適化の仕事をしたくなくて前職をやめたので体制改善の提案はやりません(笑)。

バッテリの消耗状態を確認する方法

スマートフォンを長いこと使っていると、バッテリの減りが早くなると感じることがある。この感覚は正しい。実際、バッテリの減りは使用期間に応じて早くなる。iPhoneは、バッテリの消耗状態を数値で示す機能を有する。

消耗状態の確認方法

①iPhoneの「設定」アイコンを選択

②「バッテリー」を選択

③「バッテリーの状態」を選択

④「最大容量」が消耗状態を表す

消耗状態の見方

この最大容量の数値は、新品の状態のバッテリと比較して、現在の最大容量がとの程度かを示す数値だ。すなわち、上記の画像によれば、現在の状態では、新品の状態の8割しかないことがわかる。僕は、2015年8月に現在の機種(iPhone6Plus)に買い替えている。このため、約40か月で20%程度減少している。個人的に、この最大容量の数値が減る速度はだんだん早くなっているように感じており、あと1~2年程度でバッテリの消耗状態は50%を切るのではないかと予測している。この最大容量の数値を回復させる手段は、バッテリそのものを交換するか、あるいは、機種そのものを交換するしかない。

なぜ英語を勉強するのか

 

1/13にTOEICを受験してきた。会場は蒲田だった。

TOEICのスコアは中々上がらない

前回受験したのは、昨年の1月だ。ちょうど1年ぶりの受験となる。1年間、とにかく英単語を覚えた。だいたい、毎週50個くらい覚えた。50週×50個で2500個くらい覚えたはずだ。中には覚えた後に忘れた単語もあるだろうが、それでも1500~2000個くらいは覚えたと思ってる。
こんなに単語ばかり覚えたのは、昨年受験したとき、わからない単語が多かったためだ。だから、今回受験したとき、わからない単語はかなり減っていた。しかし、試験時間が終わってみると、ダブルパッセージに入る直前(175~180問目くらい)までしか解けなかった。これは、昨年の解答スピードと同じくらいである。わからない単語は減っていることを実感できたため、文章そのものはより高い精度で読めているはずだが、単語の知識量は読む速度には比例しないことを知った。単語力だけでは、TOEICのスコアは上がりにくいと考えられる。

単語の知識はリスニング力に比例しない

知らない単語は聞き取れない。そのようにどこかで読んだから、単語力を増やせば聞き取れるようになると思っていた。しかし、この言葉は、知ってる単語は聞き取れるということを意味しない。そんなことは経験的にわかっていたのだが、それでも少しは聞き取れるようになったのではないかと期待していたが、全く聞き取れるようになれていなかった。リスニングは単語の勉強とは別に、訓練が必要になりそうだ。

なぜ英語を勉強するのか

翻訳ツールの台頭によって、外国語を勉強する意義は減ってきているという意見を聞く。僕は、それに対して総論として異論はない。しかし、各論を挙げれば、例外はいくらでも出てくるだろう。例えば、弁理士はその例外に当てはまる。言葉は、冠詞、複数形、単数形、係り受け等の様々な文法上の要因によって様々な解釈が生じる。例えば、「辛い山葵とイチゴ」という簡単な文章でさえ、「辛い」という形容詞は、山葵だけにつくのか、イチゴにもつくのか、という疑義を生じさせることが可能だ。これは翻訳ツールであっても解決することは難しい。翻訳ツールの場合、○○と解釈されることが多いから、多いほうの解釈を用いて翻訳しようというところまではできるだろう。しかし、それは疑義を生じさせないという問題を解決したことにはならない。弁理士は、上述の疑義が生じうる文章ではなく、疑義が生じない文章を作り上げていく必要がある。なぜなら、特許権等の知的財産権は、言葉の解釈によって広くも狭くもできてしまう恐れがあるからだ。せっかく取った特許権が、係り受けの曖昧さによって想定外の解釈がなされ他者の実施を排除できなかったら、権利者にとってはとても悔しいことだろうし、弁理士も悔しいだろう。それは外国語であっても変わらない。むしろ、外国語の方が、権利化までの手続きは大変だし、悔しさも倍増するだろう。将来、弁理士に限らず、外国語を扱う職業では、最初は翻訳ツールを用いるかもしれない。だけど、結局、最後の調整は人の手がやることになっていくのではないか。そのとき、最後の調整ができない人は、その道でどこまで生き残れるだろうか?

 

書評:呑み鉄支線

知り合いの知り合いが同人誌を出すと言う事で、冬コミに行ってきた。同人誌のジャンルは「鉄道と酒」。中身に論文的な記載もあり、同人誌としては独特だったので、興味を持ち、買ってみた。

買った理由

鉄道と酒という不思議な組み合わせであるにも関わらず、体裁が論文的であり、一体どんなことが書いてあるのか興味が沸いたため、買いました。また、論文というコミケ(同人誌)とは合わなさそうな体裁であるにも関わらず、コミケで販売するには何らかの工夫があるはずだと思い、その工夫とは何かを知るために買いました。

呑み鉄支線

呑み鉄という言葉は本書で知った。呑み鉄とは、「鉄道」と「酒」をセットで楽しむ人のことを指すようだ。基本的には、著者の呑み鉄経験がお店と鉄道名ともに記載されている。本書では、「8849M」という駅の時刻表に掲載されていない電車を乗りに行った時の記録が紹介されていた。Webで「8849M」と検索したところ、Webの時刻表には出てきた。しかし、本書に記載されているように、駅の時刻表には載ってないのかもしれない。あるいは、僕は全然違うものを見ているのかもしれない。それはともかく、酒を飲みながら電車に乗って静岡に行くだけで、ここまで文章を書けるものなのかと感激した。自分たちを客観視してそれを文章で表現していること、その時点における自分達の感情と、この2点をしっかり書き込み、その2点のギャップによって、些細なできごとも面白おかしく表現できるのだなと感じた。
また、本書における論文的な体裁のコンテンツは、「日本における地域別アルコール飲料消費量の偏差調査結果」という、調査論文であった。この論文では、日本のどの地域で、どのようなお酒が、多く消費されているかを示す図が非常に特徴的であった。酒の消費量なんて、人口に比例するくらいでどこも大差ないだろうと思っていたのだが、全然そんなことはなかった。お酒消費の総量で見ると、人口に比例しているように見える。しかし、個々の種類(清酒、ビール、ワイン等)毎に、多く消費する地域、あまり消費しない地域、綺麗に分かれていた。この分布図1つずつに、また論文を作れるのではないかと感じたほどだ。どんなテーマ、どんな場所であっても、論文を発表することができるのだと学ばせてもらった。論文の後に、再び、旅の記録が紹介されていた。もしかしたら、本書は、論文がメインの同人誌ではなく、旅の記録がメインコンテンツなのかもしれない。

著者について

本書の編集者であるしぃるさんは、知り合いの知り合いであるはず。
Web系のエンジニアであり、論文のお酒の消費分布図も、Webプログラミングで情報取得して作成されたそうだ。
最近は、東京から宮城に移住されたようだ。ツイッターやブログでも情報発信されている。
ツイッター: @akathea
公式HP :http://akagire.hatenablog.com/